優しさが、優しさのまま存在できる場所へ
私の優しさが、優しさのまま存在できる場所へ

身体も心もすり減らして、
傷ついて、疲れ果てて。
ようやく、気づいたことがある。
私は、オカシかったわけじゃなかった。
メンタルが、弱かったわけでもない。
この世界に、馴染めなかったわけでもない。
ただ、私が大切にしているものと、
私が置かれていた場所の価値観が、
少し違っていただけなのかもしれない。
そう思えたのは、
自分と同じような優しさを持つ人に出会ったから。
そういう優しさがちゃんと存在する世界に触れたから。
「ああ、私だけじゃなかったんだ」
「この世界に、居たんだね」
そう思えたとき、号泣してしまった…(´;ω;`)
そして、長い間、自分の中にあった小さな疑いが
少しずつほどけていった。
私が大切にしたい「優しさ」は、
ただ親切にすることとは全然違う。
誰かを助けて、
「ありがとう」と言ってもらうことでもない。
仕事だからやる。
役割だからやる。
金儲けだからやる。
相手に喜んでもらえれば、自分にも何か返ってくる。
そんな計算の上にあるものでもない。
ただ、
「この人、大丈夫かな」
「困っているな」
「じゃあ、そばにいよう」
そんなふうに、
相手を一人の人として見ること、接すること。
必要以上に踏み込まず、
支配せず、
見返りを求めず、
その人の力を奪わずに、
そっと手を添えること。
なにも言わず傍に居ること。
外から見れば、
ほんの小さな行動なのかもしれない。
でも、その奥にある気持ちは、
とてもとても深くて大きい。
私は、そういう
**「透き通った優しさ」**を大切にしたい。
人を利用しない。
人を踏み台にしない。
弱いものを見捨てない。
誰かの痛みを、自分の都合のために使わない。
そして何より、
優しさを持っている人自身も、
ちゃんと大切にされること。
これまで私は、
誰かのために頑張ることを
「強さ」だと思っていたのかもしれない。
我慢する。
耐える。
自分を後回しにする。
困っている人がいたら、自分が苦しくても手を差し出す。
それが愛だと思っていた。
でも、違った。
自分を壊してまで誰かを支えることは、
必ずしも優しさではない。
優しいままでいるためには、
自分自身を守る強さも必要だった。
竈門炭治郎(鬼滅の刃)だって、
最初から強かったわけじゃない。
泣いて、苦しんで、傷ついて。
それでも、優しさを捨てなかった。
だから私も、
優しいまま強くなりたい。

誰かのために自分を削る強さじゃない。
誰かに合わせるために、自分を消す強さでもない。
自分の優しさを守るための強さ。
これからは、それを大切にしたい。
だからもう、
「ここに居続けなきゃ」
「私が何とかしなきゃ」
「私が合わせなきゃ」
「この場所を離れたら、どうなるんだろう」
そんなふうに、
先回りして未来を怖がらなくてもいい。
今、自分ができることをする。
必要なことは、ちゃんとする。
でも、
自分の心まで濁らせるものは抱えない。
自分をすり減らしてまで、
誰かの世界に合わせなくていい。
私の中には、
人を安心させる力
暮らしに寄り添う力
そっと手を添える力
癒しを届ける力
がある。
それは、特別な何かを身につけて得たものではなくて、
私がずっと大切にしてきたもの。
これは、自分自身が「透き通った(濁りのない)魂で居ること」が絶対なんだよね(o^―^o)
だから、これからは
その優しさを「無理なく届けられる場所」を選んでいきたい。
優しさを使い果たす場所ではなく、
優しさが循環する場所。
頑張り続けなければ認めてもらえない場所ではなく、そのままの自分で、そっと人に寄り添える場所。
誰かを救うために、自分を犠牲にするのではなく、自分自身も大切にしながら、誰かの力になれる場所。
そういう場所はある。
もし今いる場所がそうではなかったとしても、それは「自分がダメだから」ではない。
ただ、自分の優しさが、そこで生き生きと存在できなかっただけ。
その不安に付け込んだカウンセリングもいっぱいある。「あなたは、オカシイ!性格改善した方がいい!」って言われたよ(苦笑)
でもね。違うの!ソコは、居るべき場所じゃない!!ってこと!
焦らなくていい。
奪い返さなくていい。
戦わなくていい。
ただ、自分の心が濁らないほうへ。
自分の身体がホッとするほうへ。
自分の中の「本当はどうしたい?」に、
静かに耳を澄ませながら。
私はもう、
優しさを捨てない。
でも、
自分も捨てない。
誰かに理解してもらうためでもなく、
誰かに認めてもらうためでもなく、
誰かを救うためだけでもない。
ただ、
私は、私で在る。
私の優しさを、私自身が守る。
そして、その優しさを
必要としてくれる場所へ届けていく。
人を利用しない世界。
人を踏み台にしない世界。
弱いものを見捨てない世界。
そっと手を添えられる世界。
優しさが、優しさのまま存在できる世界。
そんな場所へ。
焦らず、静かに。
私の道を歩いていく。

私の優しさが、
優しさのまま存在できる場所へ。
タグ: やさしさ, 魂, 生き方, 潜在意識, 次元上昇, 叶う, スピリチュアル, 言霊, 思考, 未来, 感情, 暝想, 人間関係, リラックス, 幸せ
12月22日(水)冬至がやってきます。どう過ごされますか?
毎年、冬至(12月22日ごろ)の日は、太陽は1番低い空を通りますが、この日をすぎると太陽の通り道は、少しづつ高くなります。
冬至の日を境にして、太陽の力が再び蘇ってくることから、「太陽が生まれ変わる日」として世界中で冬至の祝祭が行われていました。
スピリチュアルで冬至は、「未来への希望の光」・「再生」を意味します。この日を境にして、太陽の光のエネルギーがどんどん高まっていきます。
「冬至・春分・夏至・秋分」は、宇宙のポータル(門)が開かれて、高波動の宇宙エネルギーが降り注ぐ。宇宙のポータルが開くのは、前後3日間がピークと言われています。

冬至で開運する過ごし方
「浄化」と「太陽の光を意識すること」
気分が乗らない方は、宇宙の流れなんかに乗る必要もなく、寝ていて、遊んでいても、鍛えていても、すきな事をして過ごされる事がベストです。
ヨミは「宇宙の流れに乗りたい!」だって、超たのししそうじゃん❣️(三河弁!笑) なので、話をすすめますねぇ〜(❁˘ ˘❁)ウフフ…
なぜならば、今年の冬至のエネルギーは、魂の選択をした方向に後押ししてくれる追い風のエネルギーだと言われているからです❣️
まず「浄化」
ネガティブな感情、意識、魂のゴミを「浄化」「一掃」する!嫉妬心を掴んだままだと、宇宙の流れと逆走する。自分が苦しいのは他人のせい・・・
耳を塞ぎ、目を瞑り、自分だけが辛い…と頑なに殻に閉じこもっている。こうなったのは〇〇のせいだ、と他人に意識を向けている状態。から抜けだす。
執着、依存、嫉妬、優劣の感情から、抜け出す。
過去に、かなりのネガティブ、自己否定があり、悩んでいた時に「闇が深いのは、光が絶大だから…」「その扉の鍵は、陽(パートナー)が持っている…」
と言われたことがあります。
陰極まれば、陽に転ずる。冬至にピッタリ!

次に「太陽の光を意識すること」
今こういう状況にいる方でも、今の現状から抜け出したい!と腹に決めること!そうすれば、自然とおへそが宇宙の流れの方向に向き、流れにのっていけます。自分の意志で、選択することが大切です。
友達がせっかく誘ってくれたから…好きな人が決めたことだから、私もそれでいいわ…ではなく!
自ら、こうしたい!と決めることが大事です。
ご自分がご自分の意志で決めた事が、光の方向、宇宙の流れに乗ってる方向です。よくいわれる「自分軸」ですね(^▽^)/
冬至の過ごし方「4つのポイント」
①断捨離・掃除
心地良い空間には、良いエネルギーが循環するので、断捨離や掃除は外せない開運ポイント。考え方や、生き方、やり方、人間関係、仕事なども。TVやSNS、メディアの情報を断捨離する(デジタルデトックス)のも良い方法です。
②心と身体のデトックス
- ファスティングで腸内環境を整える
- ヘルシーな食事を心がける
- 水をこまめに飲む
- 体を動かす
- 瞑想
滞っている身体と感情のエネルギーが解消すれば、変化の波にスムーズに対応できるようになります。身体にたまった毒素のデトックスだけではなく、心のデトックスもしてみましょう。
③叶えたい望みを明確にする
改めて、ご自分の夢や望みを見直してみてはいかがでしょう(o^―^o)ニコ
本当は1番叶えたい望みがあるのに・・・どうせ、叶いっこない。。。諦めてませんか?
「どうせ、わたしなんて」「あなたは、イイよね」口癖にしていませんか?
望みはどんどん変化し、叶っていくものですから、今の自分の心が反応する望みをアップデートしてみてください。
★素敵!最高~と感じるもの。憧れ、理想とするすべてのもの。なんでも「可」です
リラックスして思いつくままに書き出してみてね~。

④ゆず湯に入る
運を呼び込む前に、ゆず湯に入って厄払い!いいですね~。入浴で体を清めることが出来ますが、冬が旬のゆずは香りも強いため、より強力に邪気を払うことができると言われています。

また、東洋では冬至の日を境にして、運が上昇すると考えらています。
- 南瓜(ナンキン=カボチャ)
- 人参(ニンジン)
- 蓮根(レンコン)
- 銀杏(ギンナン)
- 金柑(キンカン)
- 寒天(カンテン)

これらを、『ん』の付くもの(運)を、召し上がってみるのも良いですね~~(^▽^)/
より良い、2022年が迎えられるよう…素敵な2021年の冬至をお過ごしくださいね💜❤💙💚(@♡▽♡@)
生きとし生けるもの悔いなく生きるべし

